ボスニア(サラエボ)
ボスニア4日目、昨日サラエボの旧市街を歩きましたが今日も街歩きしていきます。まずはラテン橋(Latin Bridge)を渡って旧市街に入っていきます。当然のごとく本日も雪だらけ。

昨日、見落としていたラテン橋の「暗殺地点プレート」。1914年6月28日の「サラエボ事件」実際の暗殺地点。


そのままSarajevo Museum 1878–1918へ。オーストリア=ハンガリー帝国がボスニア・ヘルツェゴビナを統治していた時代に特化した歴史博物館。
この人形展示は暗殺されたフランツ・フェルディナント大公夫妻(オーストリア=ハンガリー帝国皇太子)。

コンパクトな博物館ですが、ラテン橋の暗殺地点のすぐ横にある「現場博物館」的存在ですね。


昨日よりは雨が弱く、雪も少ない。雪かき頑張ったんだろなぁ。石畳は見た目いいんだけど、雪とセットになると滑りやすくて怖い。

お次は戦争下の子ども博物館(War Childhood Museum)。1992–1996年のボスニア紛争(サラエボ包囲)を「子どもの視点」だけで語る世界的にも珍しいミュージアム。

『ぼくたちは戦場で育った』原題:Growing Up Under Siege(著:ヤスミンコ・ハリロビッチ)。実際にサラエボ包囲を子どもとして生きた人たちの証言集の日本語版を貸してくれます。

展示物+ケースの説明文が、この博物館の本質。子供の証言が生々しく書かれています。こちらの展示は1980年生まれで私と同年。生まれた国、場所が違えば戦争の中での生活。色々と考えさせられる博物館です。

ぬいぐるみが多いのですが、服や玩具など色々な展示&説明文があります。これがつい30年前の出来事。同世代の人たちの子供時代。重いテーマの博物館ですが、個人的には来て良かったと思える場所。

最後は、サラエボの「高台の要塞跡」Yellow Fortressへ。雪で歩きづらいので結構過酷な道のり。

サラエボの街を一望できます。そして、1992–1996年のサラエボ包囲戦の間、狙撃・砲撃拠点になった場所。

サラエボ最後の夜なのでディナーは旧市街へ。寒い&雪でお外出たくないのが本音(笑)。
Steak House Bosanska Kuca。Googleマップ☆3.9。ミックスグリルプレート。バルカン風グリルとあったので注文してみました。THE・肉。あと久しぶりにライスを食べました。

さて、明日はクロアチアへ移動していきます。これで33カ国目。
